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今回で30作目となった『e-turezuregusa』
このコーナーを続けるにあたって、あらためて感じたことや思っていることを書いてみようと思う。
私の小学校の頃の夢のひとつに『小説家』というのがあった。確か…。
中学生になって「そんなに簡単になれるものじゃない」という現実を知ってからあきらめのいい私は別の道を模索した。
その間に時代はどんどん変わり、今では『なんちゃってエッセイスト』になっている私がいる。
想像で話を作る小説家より、この方がずーーっと私らしいのかもしれない。
現に今このエッセイを書いているのは午前2時15分。
思い立ったら吉日という言葉どおり、思い立ったから書き始めた。
たまたまこの時間に頭の回線がうまいことハマリ、ムショウに書きたくなってしまうのである。
エッセイストなんて職業が小学生の頃の世にあるなんて知らなかった私が今、毎週のように新作をUPしている。
これがおもしろいのかどうかは別にして、ありがたいことに一度もクレームをいただいたことがない。
思いついた時に思いついたことをパパパッと書いているので、次の日に読むとたまに訳のわからない文章になっていることもある。
なぜか、私の性分らしく『エッセイの終わりを笑わせないといけない』みたいな感情が働くようで、関西人のように必ずオチを考えながら文章を組み立てるところがある。
これがいいのか、悪いのか?オチをつけないと気持ちが悪くなってしまうのだ。
初めのうちはこんなこと書いたら…とか、これはバッシングに当たるかもしれないなどと気を使っていたが、最近はあまり考えないようになった。
私のエッセイを見てくれる人がいる、楽しみにしてくれる人がいる、そう思いながら書くようにしている。
やっぱり『なんちゃってエッセイスト』なのだ。
思いついた時に書く。でも書きたいネタが思いつかなかったら一週間でも10日でも書かない。
そういう時に無理矢理作ったエッセイは何度読み返してもやっぱりおもしろくないと思う。
おもしろいとは笑えるとかそういうのじゃなくて、読んでて興味をそそられるとか刺激を受けるとかそういうことなのである。
とにかくこうやって毎日ネタ探しをしているのである。
このなんちゃってエッセイストがどれぐらい書いていけるか想像できないが、私のネタの続く限り書き続けて行こうと思う。…今回はオチはなし。
<NORI>2002.9.20
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